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求めよ、さらば開かれん

今週は日曜からいろいろ親族と会ってる
今日も会って来た


お互いいろんな言い分があるみたい
そりゃあるだろう
感じ方も考え方も違うんだもん
でもみんな血が繋がってるのに
誰も解決を望んでないのかな


お互いがお互いのことを言い合ってる
みんなの言い分を1人1人聞いてきた
この問題に関して中立の立場でいろいろ聞いてきたけど
今日、全ての人の話を聞いてて、なんか笑えてきた
なんでみんなそんな小さなことに意地張ってんだろって


人が生きるか死ぬかの問題もかかってるのに
笑ってしまった自分も自分だけどさ
みんなもなんでそんなことに意地張って生きてんだろう
まぁこの問題は自分で解決できるものではないけど
口出しするつもりもないし、ただ話しを聞きたくて
ちゃんと聞いてきた。どうやら解決するにはほつれた糸をほどかないと
でもそんな体力ないし、自分の環境を犠牲にしなきゃいけないな


でもみんなから話聞いてて思った
みんなイイ人やん☆★ただちょっとした優しさや思いやりが
欠けてるだけだと思う。たったそれだけで解決しそうな気もする
でも直接的に関係のない自分が口を出すことじゃないな
とにかく今できることをできる限りやるだけしかない
それでダメなら別の方法を考えるさ


皆自分の人生だもの
そりゃ楽しく幸せに安穏と暮らしたいさ
でも同じ人間だもの、人には良い面があるように欠けてる面もある
ただそれだけのこと

人間が起こしてる問題は所詮、人間で解決できる問題
そう思ったら少し落ち着いた

ただ時間は過ぎていく、人間は歳老いていく
だからこれからを生きていく人に未来あるものを残すのが
先に死にゆく者の定めなんかなってちょっと思った


25歳といえどももう大人
小さい頃は考えもしなかったいろんな問題と向き合ってるなぁ
でもそんな問題と逃げずに接することができれば
少しは大きな人間になれるかな


最後に、やっぱ何より健康って一番の財産だ
心も身体も健康でいたい、健康であればなんでもできるね


小学校のころ読んでたマンガに書いてあった
「求めよ、さらば開かれん」
願うのではなく、求めて自ら行動を起こさないと道は開かれない
そんなことを言いたいんだと思う
自らの人生は自ら切り拓くのみだね~♪
どうせ生きるんだ、おもしろくしなきゃ
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| 人間を観る | 23:03 | comments(2) | trackbacks(0) | TOP↑

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刻まれていくもの

最近の話題と言えば「自殺」
人間は常に選択をしなければならない
その選択のひとつが「死」なのかもしれない
だけど自分は絶対自ら命を絶つことはないだろう
それはこの世に生まれた奇跡と天命を、しっかり自分の心に刻んで
自分が生まれたこと以上の奇跡を起こし続けたいから
これからもずっと


そして今日TVで特番があってた
テーマは「教育」

とてもとても刺激的な内容だった
自分の心の中にあるモヤモヤをスッキリまとめてくれているような
そんな内容だった(ところどころ見てないけど、おもしろかった)

その中で司馬遼太郎の言葉が扱われてたので紹介します

ただ、私に言えることがある。それは、歴史から学んだ人間の生き方の基本的なことである。昔も今も、また未来においても変わらないことがある。そこに空気と水、それに土などという自然があって、人間や他の動植物、さらには微生物にいたるまでが、それに依存しつつ生きているということである。


「人間は、自分で生きているのではなく、大きな存在によって生かされている。」


君たちは、いつの時代でもそうであったように、自己を確立させねばならない。自分に厳しく、相手にはやさしく。という自己を。そして、すなおでかしこい自己を。

人間は、人という文字を見るとき、しばしば感動する。ななめの画がたがいに支え合って、構成されているのである。そのことでも分かるように、人間は、社会をつくって生きている。社会とは、支え合う仕組みということである。原始時代の社会は小さかった。家族を中心とした社会だった。それがしだいに大きな社会になり、今は、国家と世界という社会をつくり、たがいに助け合いながら生きているのである。

自然物としての人間は、決して孤立して生きられるようにはつくられていない。このため、助け合う、ということが、人間にとって、大きな道徳になっている。助け合うという気持ちや行動のもとのもとは、いたわりという感情である。他人の痛みを感じることと言ってもいい。やさしさと言いかえてもいい。
「いたわり」
「他人の痛みを感じること」
「やさしさ」
みな似たような言葉である。この三つの言葉は、もともと一つの根から出ているのである。根といっても、本能ではない。だから、私たちは訓練をしてそれを身につけねばならないのである。その訓練とは、簡単なことである。例えば、友達がころぶ。ああ痛かったろうな、と感じる気持ちを、そのつど自分の中でつくりあげていきさえすればよい。その根っこの感情が、自己の中でしっかり根づいていけば、他民族へのいたわりという気持ちもわき出てくる。


鎌倉時代の武士たちは、「たのもしさ」ということを、たいせつにしてきた。人間は、いつの時代でもたのもしい人格を持たねばならない。人間というのは、男女とも、たのもしくない人格にみりょくを感じないのである。もう一度くり返そう。さきに私は自己を確立せよ、と言った。自分に厳しく、相手にはやさしく、とも言った。いたわりという言葉も使った。それらを訓練せよ、とも言った。それらを訓練することで、自己が確立されていくのである。

以上のことは、いつの時代になっても、人間が生きていくうえで、欠かすことができない心がまえというものである。



ganaはよく友人や後輩に本を読むことを薦める
それは文字を書いた人の思いや歴史を学ぶことと
読むことで、それを自分の頭や心で噛み砕き考えるから

インプットをすると人間なぜかアウトプットしたくなる

アウトプットしてこそ、インプットしたことを自分のものにしたことになる

そうやって何気に生きていて学べないことを
本はいとも簡単に学ばせてくれる

歴史を学ぶということは
人間を学ぶことでもある


全ての学問は人類が今まで発見してきた歴史を
カテゴリーに分けているだけだ
つまり全ての学問は人類の歴史の結晶である


教育ってすごく難しいようだけど、司馬遼太郎さんの言葉はとても身に沁みる

自然物としての人間は、決して孤立して生きられるようにはつくられていない。
このため、助け合う、ということが、人間にとって、大きな道徳になっている。
助け合うという気持ちや行動のもとのもとは、いたわりという感情である。
他人の痛みを感じることと言ってもいい。
やさしさと言いかえてもいい。

すごく簡潔にいいこと言うなぁと思った
今日の天気は悪いけど、すごくスッキリしたなぁ~

| 人間を観る | 00:15 | comments(2) | trackbacks(0) | TOP↑

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人のすることだから

先日の台風はえらいこっちゃなganaです。
うちはなんと4時間近く停電しておりました。21時ごろ台風の目に入ったらしく、電気が使えず真っ暗な家で1人だったので、食料調達のため外を出歩く。家に帰ってもまだ電気が消えてる。仕方なくロウソクの火で冷たいシャワーを浴びました。がしかし・・・。
風呂上がって着替え終わった途端に電気付くな!


今夜警固カフェを偵察に行ってきた
けどガッカリ。。。警固公園は見るも無残なチャリとバイクの山
今日の警固カフェは全然客が入らないとのこと
だって導線完全に塞がれてるし、カフェの周りにそんなにチャリ&バイクが
止められてればゆっくりできる“雰囲気”じゃないもん
これはホントにヒドイなぁと思った
今公共広告機構のCMも違法駐輪についての内容なだけに
もう少し敏感になって欲しいところ

でも人間の心理は「正義」より「便利」だ
「赤信号、みんなで渡れば恐くない」状態というか
たぶん言い訳は「みんなも止めてるじゃん」
それで何度か若者につっかかってこられた人もいたらしい
そのような「社会」や自分以外のモノや物事に対する認識が薄いのも
おそらく現代人の特徴かもしれない


街づくりの活動を始めて、行政的立場も少し理解できるようなことがあった
歩行者専用道路を「おしチャリロード」というチャリを押して歩きましょう
の道路で、チャリをこいでる若者に「押してくださいねー」と呼びかける
そのときチャリをこいでる若者の多くが“音楽”を聴いている


別に音楽を聴いてもらってもかまわない
悪いとも思わない、そりゃ移動中に音楽を聴くなんて車に乗ってるし
当たり前だと思う

でもチャリの場合、歩行者もいる、常にぶつからないよう
周りを気にしてないといけない、誰かに声をかけられることもある
そんな状況で音楽を聴いてるということは周りとのコミュニケーションを
自らシャッターアウトしてるということ


とかく「社会」に対する関心の薄い人というのは
「コミュニケーション」を自分から避けてたり
自分以外のモノや物事の行方には関心を持たない人が多い
その結果が警固公園の惨状を生む


でも別にそれがどうとかは思わないけど
この情報過多の時代、知らないことがときに罪になったりする
いずれは己の身に還ってくる因果応報を考えれば
自分以外のものへの関心はあるに越したことはないと思うなぁ~


やっぱこの世を変えたのは「携帯電話」と「インターネット」かもしれないな
このツールが人間のコミュニケーションを変えてしまった気がする

| 人間を観る | 01:01 | comments(1) | trackbacks(0) | TOP↑

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文化と個性とコミュニケーション

けっこうバタバタしてて、なかなか家に帰ってもネットをする時間もなく
すぐベットでバタンキューしてるもんだから、最近本を読めてない。。。

だけど先日夜遅く仕事中だったけど、3人で会話しててそれがとても刺激になった
人の「性格」とか「感じ方」「考え方」そして「好奇心」や「思考」
なかなか知的な会話で、でもとても人間味のある楽しい時間だったなぁ


日本人って恵まれてる
だからサービスも豊富だし、とてもとても親切なお国柄だから
不便をすることがあまりない

それに大昔より農耕民族で周囲との協力の中で生きてきて
なかなか競争心とかもなく、事を荒立てないことが何こその美徳
「人様の迷惑にならぬよう」が親の口癖だ

そんな国民性だからかどうかわからんけどさ
この国の住人は「自分の国の文化」にとかく疎い
だから海外とくに欧州に憧れて旅行客はあとをたたないけど
自分の国の文化や歴史も満足に知らずに、海外のことを知っても
それはやはり生半可なものになる

日本在住の外国人へのアンケートで、日本人の良いところは
「親切」「礼儀正しい」などなど日本人の和の心を褒めたものが多い
だけど日本人の悪いところというアンケートでは
「自分の国なのに、文化や歴史を知らない」というのでガッカリした
という答えが圧倒的だとか

明治以降急激に先進国の仲間入りをして
国民総動員で団結してがんばり、官僚主導のもとの教育体制で
横並びで「覚える」ことに注力し、上の命令に従う人間ばかりが育ち
おまけにそこにサービスが充実した社会を築き不便さはなくなった。
そんな便利な国に育てばそれはそれは興味のそそる対象も多ければ
何も学ばなくても生きていける

それが文化や歴史への興味を減少させている原因かどうかは別として
自国の文化や歴史への興味の欠如は「比較」という機能を低下させる
おかげでこの国の外交はいつまでたってもヘタクソだ
相手と自分との比較もできず、相手自身の興味を損ね、自分の立場の守りに入る
そこに農耕民族としての特徴を重ねると、この国の人間は
とてもコミュニケーションが下手ということになる。

相手に合わせたり、批判したり、は得意だけど
自と他を共に生かすというのが苦手なみたい


歴史を学ぶことは文化を学ぶこと
文化を学ぶことは比較を学ぶこと
比較を学ぶことはコミュニケーションを学ぶこと



最近日本人はモラルが低下しているってよく言われてる
もしかしたらそんなところに繋がってるのかもしれないなぁ~

| 人間を観る | 02:34 | comments(0) | trackbacks(0) | TOP↑

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キッカケの人生

バタバタの週末もおしまい!

金曜日は久々に小学校の友人たちと会い、初めて一緒にお酒を飲む人もいたりでとてもとても楽しかった♪なんでだろうね?10年前は仲良くても仲良くなくても、久々に会い昔の話、今の話をするとすごく盛り上がる。


どんなキッカケで出会った人なのか
今となっては覚えてない

どんなキッカケで再会したのか
それは偶然にしろ必然にしろ、きっと縁のある人だからかな

前の会社の人と一緒にお茶をした
今では一緒に仕事をすることもなくなって
連絡もなかなかできないような状態でもさ
久々に会って話しをするととても楽しい♪


これからもきっといろんなキッカケでいろんな人と会うんだろうな~
それはとてもステキなことだなって思う★


昨日は福岡打ち水大作戦で市役所の前でお祭りのごとく盛り上がった♪
心配してた天気ももって気温も高くて「わぁー打ち水日和!!」
アジアのこどもたちも水遊びにはしゃいでて、その姿を見て嬉しかったな


いつの間にか出会ってたグリーンバードも
いつの間にか関係してる天神の街づくりも
やっぱりキッカケがあってのこと
それは自分自身に課された運命かもしんないな
だってそう思った方が心が楽になる


今日新聞を見てて「不惑」って言葉を見つけた
40にして惑わず:40歳にもなれば物事に動ずることなく惑わない
なんだろうね、人生の美学がそこにはあるのかな?
何かがキッカケで自分をそちらの方向に動かしてるのかも。。

よーし何か元気出てきたー!

| 人間を観る | 23:58 | comments(0) | trackbacks(0) | TOP↑

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