≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | コメント(-) | トラックバック(-) | TOP↑

≫ EDIT

人間といふもの

「人間」を辞書で引いてみた
機械・動植物・木石などにはない、一定の感情・理性・人格を有する「ひと」

そうなんだよな、機会や動植物や木や石って知恵がない、人間だけが感情と理性を持って人格を創り上げて心が成長していく。この地球に生命が誕生したことが奇跡であること以上に、僕たち人間が存在し、今生きてることの方が奇跡だ。こうしてブログを書いてることも、毎日何気に生きてることも当然のように思ってしまってるけど、その感覚は完全に主観だよな。

人間は万物の尺度である
ソフィストの代表者プロタゴラスの言葉。認識の客観である対象もその主観である人間も常に変化極まりない、故にある相対的な状況下で対象に触れて生ずる知覚のみが認識の唯一の源であり真理である、というもの。

人間が唯一支配できないもの、それは「時間」
時間だけは絶対に止まらずにひたすら、そして永遠と流れていく。時が流れるということは変化していくということ。人間はこの時間という変化の中で、喜び怒り哀しみ楽しむ。自己の感情を思いっきり表現し、ときに理性で感情を抑え、人間の集団の中で生きていく。すごいなぁ~、しかも世界には今ここでブログを書いてる人間以外にこのブログを読む人、ブログを運営する会社で働く人、・・・。言い出したらきりがないね、でも「心」を持った人間が60億人もいるんだよな~。全員死んで霊になったらそれもそれですごいことになるね♪おっとその前に閻魔様が多忙になるな、でもこんだけ人間がいるんだもの、あの世の人口もどんどん増加してたいへんなことになってるんだろうな~・・・。

何が言いたかったかというと
人間は絶えず「変化」の中で生きていかなければならないということ。


だから人間には「慣れる」という長所と「飽きる」という短所があるんだろうね。環境に順応するのが人間、暑いときには服を脱いで寒いときには服を着る。そして体だけでなく心も環境に順応するようにできてる。ツライときがあっても辛さに慣れる。悲しいことがあっても哀しみに慣れる。そして嬉しいことがあっても慣れる。ドキドキすることがあっても慣れる。でもその気持ちは服を着たり脱いだりみたいに簡単にはできないけどね。

「慣れる」ってイイコトでもあるけど良くない事でもあるんよね。でも一番よくないのは変化を受け入れないことかな、とちょっと思った。時間とともに環境が変わる、環境が変われば習慣が変わる、習慣が変われば心が変わる。「変わる」ことは当たり前のことなんだよなぁ、そんな風にできてんだもん、人間だもの☆この変化がある中で生きてるし喜怒哀楽があっての人間、変化というものがある限り完璧な人間は存在しない!長所は短所であり、活かし方で変わってくる。そして人間が最も人間らしさを発揮するのは短所を持っているからだと思う。諦めずに短所を受け入れよう、自分の短所も他人の短所も。見方ひとつで長所に変身するかもしれないし、短所ほど人間を愛するに値するものはないと思う。完璧な人間と一緒にいておもしろいか?幸せか?絶対イヤだね、自分は完璧じゃないんだから♪みんな完璧じゃないんだよ♪なんだかモチベーションが上がってきたぞ☆

そして時間は常に流れる、変化を受け入れていかねばならない。でもその変化を受け入れ克服していくことが人間を成長させることであるのは確か☆むか~し「神よ、我に七難八苦を与えたまえ」なんて言った人もいる。苦しいのは誰もが嫌いだけど、変化に出会うことはむしろ好機だと捉えた方が気持ちが楽になる。この世に人間が創り出すものにおいて完璧なものや永遠なんてものはないんだよ。

だから人間は完璧や永遠を追い求めるんだ☆その姿はカッコイイ、美しい、変化もいいけど変わらないものを自分の中に持ってるだけでなんか強くなれるような気がする。人間の心は常に変化していくけど変わらないものって何かあるような気がする★★
スポンサーサイト

| 人間を観る | 16:48 | comments(0) | trackbacks(0) | TOP↑

≫ EDIT

恋愛論

昔もうひとつのブログで書いてたもんなんだけど、今日久しぶりに読んでみてビックリ!なーに書いてんだろ・・・。と思ってしまった。あんまり恋愛経験豊富でも研究したわけでもないのに、いかにもよく知ってます的な感じで書いてやがるw

後から昔の自分の文章を見るってちょっとおもしろい、恥ずかしいけど・・・。そんな恋愛について硬く語った文章です。
≫ Read More

| 日々を記す | 00:01 | comments(0) | trackbacks(1) | TOP↑

≫ EDIT

「恋」について考えてみた

20050614221239.jpg

人が人に恋をする
そこに理由はないという
確かにそう思う
恋に落ちる
これが最もな表現だと思う

でもねそれがどれだけすばらしい恋でも成就するより付き合っていくことの方が難しいもの。これは男女の関係問わず人間関係において、より感情の深い付き合いになればなるほど、人は己自身の全てを相手にぶつける。ときには押し付ける、ときには押し付けられる。性格も考え方も育った環境も違う人同士が完璧に合うことなど宝くじで一等が当たることよりも奇跡に近い、いや奇跡だと思う。そこには必ず「合わせる」という心理が少なからず働くと思う。

でも男女間の仲は同性との付き合いより難しい。恋愛において平衡な関係ほど退屈なものはないからだ。出会って知って愛して別れて、それが恋愛なのだと思う。もし終わりのない恋愛があるとしたら、叶わない恋、しかないのかもしれない。

出会って知っているとき、人はドキドキする、ワクワクする。それが恋心というもの。当然相手のことを知れば知るほどドキドキは感じなくなる。そして男女の関係に平衡が訪れる。生まれたら死ぬのと同じように自然なことなのだ。だから人は永遠の愛を望む歌をよく歌う、そして破れた恋の歌もよく歌う。人類が抱える最大の矛盾がここにあると思った。

男女の関係に平衡が訪れたとき、人は2つの選択に悩まされることになる。退屈に耐えるか、関係を壊す不安に耐えるか。人が人と付き合っていくにはやはりどちらとも怠けてはいけないのだと思う、恋愛は二人でするものだから。

恋の火はお互いが薪をくべることによって燃え上がり
どちらかが怠けることによって
いつしか火は消えてしまう

恋愛とは二人の人間が創り出す世界にひとつの芸術


でも禁断の愛であれ報われない恋であれ、幸せか不幸かを決める権利は当人たちにしかないのも事実。

なんだか考えれば考えるほど、何を考えているのかわからなくなった・・・。

でも恋も愛も明確な形がないことだけはわかったような気がする。

| 日々を記す | 22:01 | comments(0) | trackbacks(0) | TOP↑

≫ EDIT

海に浮かぶ島『宮古島』

20050610010625.jpg

南国島国、沖縄本島よりちょっと西にある宮古島。海に浮かぶ小さな島に行ってきた☆

東京で芸人を目指す幼馴染から誘われて、ちょうど仕事してない時期だったので乗った。今まで旅行って「観る」ことばっかだったけど、今回の旅は「感じる」だったなぁ。


自然を感じることは生きてるということだ

やばかった☆人はゆったりしてて時間も気にしない。空は高く、そしてどこまでも広い、海は青く深く命の源で何もかもを飲み込んでた。そんな海に抱かれ魚と戯れてきた♪人生初のシュノーケリング、パンを海中に持っていき手から離すと一気に魚が集まる。興奮して海の中で叫んで息できなくなったなぁ。

でも自然いっぱいとはいえ人が住む島。人がいればゴミが出る。大自然の中なのにゴミ、この歳になってそんなとこまで見れるようになったのは良かったけど、その分悲しさも。。。

便利と引き換えに何かを失ってるよね人間は。コンビニ、携帯、テレビ、インターネット。どんどん便利になっていく、どんどん何かを失ってる。そう感じさせてくれた旅だった。生きる喜び、感動を味わう心、自分は生きている。その感動をできる限り伝えていこう、それが自分にできることだ☆しっかり生きてしっかり死のう、それが自然へのせめてものありがとうだな♪

| 癒し発見☆ | 01:04 | comments(4) | trackbacks(0) | TOP↑

| PAGESELECT |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。